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盛岡地方裁判所 平成9年(ワ)257号 判決

原告

佐々木敬

ほか四名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告佐々木敬、同菊池カツ子、同佐藤美智子、同佐々木美智男、同高橋ミヨ子に対し、各一一五万一三八六円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告佐々木敬、同菊池カツ子、同佐藤美智子、同佐々木美智男、同高橋ミヨ子に対し、各二五九万二〇三三円及びこれに対する平成九年一月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

第二事案の概要

普通乗用自動車が、国道を横断していた被害者に同車の前部を衝突・転倒させ、脳挫傷の傷害を負わせ死亡させた事故に関し、右被害者の遺族が、加害者と自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していた保険会社を相手に保険金の支払いを求め提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  保険契約の締結

訴外高橋章孝(以下「高橋」という。)は、被告との間で自動車の保有者として自賠責保険契約を締結した。

2  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した

(一) 日時 平成九年一月二三日午後六時三〇分ころ

(二) 場所 岩手県江刺市藤里字沢田一七四番地先路上(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 加害車 高橋が運転していた普通乗用自動車(岩手五八ら五八七九普通乗用自動車、以下「高橋車」という。)

(四) 事故態様 高橋は、高橋車を運転し、国道三九七号線を住田町方面(北)から水沢市方面(南)へ走行中、前方注視不十分の過失により、同道路を徒歩で横断中の佐々木信一(以下「信一」という。)に同車前部を衝突させ、同人を転倒させ、よって同人に対し脳挫傷等の傷害を負わせ、平成九年二月一八日、同人を死亡させた。

3  信一の基礎収入

(一) 国民年金受領額(年額) 二九万八五〇〇円

(二) その他の収入(月額) 一七万九六〇〇円

なお、信一は、妻を一〇年前に亡くし、以後、長男夫婦の世話になり、家業の農業を手伝い収入を得ながら、悠々自適の生活を送っていた(乙九、弁論の全趣旨)。

4  相続人

原告らは、いずれも信一の子らであり、他に相続人はいない(弁論の全趣旨)。

5  損益相殺

被告は、原告らからの被害者請求により、本件事故により発生した損害に関し一四六七万〇三五八円を支払った。

二  争点

1  過失相殺の適用

(一) 被告の主張

自賠責保険は、自動車の保有者等の損害賠償責任があることを前提に被害者の損害を填補するものであり、そこでは過失相殺の適用があることが予定されている。自賠責保険の実務の運用では、被害者救済の最低限の保障と大量の定型的な処理をするために要綱が定められ、これに従った運用がなされているが、これは裁判所を拘束するものではないから、裁判所は右保険実務の運用にとらわれることなく、法に基づき、過失相殺の適用の有無を判断すべきである。

(二) 原告らの主張

自賠責保険に基づく支払の場合、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)では、過失相殺は被害者に重大な過失がある場合に減額を行うものとしており、右重大な過失とは、自算会の基準によれば、自賠責保険の制度が出来て以来長年にわたり七〇パーセント以上とされており、各損保、共済はそれを受けて査定要綱を作成している。本件において、信一の過失は、事故の態様からみて一〇ないし二〇パーセントの過失に過ぎず、重大な過失ではない。原告らが被告に対し任意に請求する場合は自算会は過失相殺をせずに被告は支払をしているのであるから、本件のような自賠責保険請求事件においては、重大な過失がある場合のみ過失相殺をすべきであり、本訴において過失相殺をする理由はない。

2  損害額(原告主張額)

(一) 逸失利益 三七〇万九一七四円

二九万八五〇〇円×(一-〇・五)×五・一三四+一七万九六〇〇円×一二×(一-〇・五)×二・七三一

(二) 慰謝料 二〇〇〇万円

(三) 葬儀費用 一六〇万七九九九円

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様

前記争いのない事実に加え、証拠(乙一ないし二〇)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、非市街地にある国道三九七号線上にあり、本件道路は、幅員約六・八メートルの歩車道の区別がない道路であり、路面はアスファルトで舗装され、平坦であり、制限速度は時速五〇キロメートルに規制されていた。本件事故当時、小雪が降っていたが、路面は凍結しておらず、付近に照明はなく、周囲は暗かった。

高橋は、親戚が入院していた病院で看病に当たっていた妻を迎えに行くため、高橋車を運転し、前照灯を下向きにし、時速約五〇キロメートルの速度で本件道路を別紙図面住田町方面(北方)から水沢市方面(南方)に向かい進行中、約五・一メートルの地点に接近して、自車前方を横断中の信一を初めて発見し、制動の措置を講じる間もなく、自車前部を信一に衝突させ、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負わせ、平成九年二月一八日午後一〇時二五分、岩手県立胆沢病院で信一を脳挫傷により死亡させた。

二  過失相殺

1  原告らは、自賠責保険金の支払については、被害者保護の精神に基づき迅速かつ公平な処理を目的とした自賠責保険損害査定要綱及び支払基準内規が定められ、被害者死亡の場合には、被害者に重大な過失がある場合に限り減額するという取扱いが、自賠責保険の運用として確立していること(甲二)から、保険者が被害者の軽過失又は通常の過失による事故である場合は、通例の過失相殺をすべきではないと主張する。しかし、前記査定要綱等は保険実務における内部的基準ないし運用を定めたものに過ぎず、これが法規ではないことは明らかであるから、裁判所がかかる内部基準ないし運用に拘束されるいわれはない。弁論の全趣旨によれば、自算会が査定要綱等が前記のような取扱いを定めたのは、簡易迅速かつ定型的な救済、被害者間の公平の確保、地域格差の防止等を目的としているものと認められるところ、かかる運用が訴訟における個別事案に対する具体的妥当性を本旨とする裁判所の損害認定とは目的を異にしていることが明らかである。してみると、裁判所としては、かかる保険実務の運用とは別個の観点から、民法七二二条二項の趣旨を踏まえ、合理的な裁量により過失相殺の適用の有無を判断すべきであり、損害の公平な分担の見地からすれば、被害者に相応の過失がある以上、特段の事情がない限り、加害者に負担させるべき損害を算定する上でこれを斟酌するのが相当である。

したがって、原告らの前記主張は、採用できない。

2  ところで、前記認定のとおり、本件事故現場は、非市街地にある国道三九七号線上にあり、本件道路は、幅員約六・八メートルの歩車道の区別がない道路であり、付近に照明はなく、周囲は暗かったこと、被害者が八三歳の老人であることを総台考慮すると、本件事故の発生に関する被害者の過失割合は二割と認めるのが相当であり、本件事故により生じた損害から同割合を減額すべきである。

三  損害

1  損害額

(一) 逸失利益(原告ら主張額三七〇万九一七四円)

信一の死亡当時の年収が年金分が二九万八五〇〇円、その他の年収が二一五万五二〇〇円(一七万九六〇〇円×一二)であることは当事者間に争いがなく、また、平成七年の簡易生命表によれば八三歳の男子の平均余命が五・八四年であることは当裁判所によって職務上知り得た顕著な事実である。

証拠(乙九、一九)により認められる信一が長男夫婦のもとで悠々自適の生活を営んでいたこと、前記平均余命その他諸般の事情を考慮すると、信一は本件事故後六年間は生存が可能であり(その間前記年金を受給し続けたと認められ)、同事故後少なくとも原告ら主張の三年間は稼働が可能である(その間前記その他の年収を得続けた)と認めるのが相当であり、かつ、その間の生活費控除率は五〇パーセントとするのが相当である。これらをもとに、ホフマン方式により中間利息を控除すると、信一の逸失利益は、次の算式のとおり三七〇万九一一四円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

(年金について)

二九万八五〇〇円×(一-〇・五)×五・一三三六=七六万六一八九円

(その他の収入について)

二一五万五二〇〇円×(一-〇・五)×二・七三一〇=二九四万二九二五円

合計 三七〇万九一一四円

(二) 慰謝料(原告ら主張額二〇〇〇万円)

本件事故の態様、信一の受傷内容と死亡に至る経過、職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当と認める。

(三) 小計

以上の損害を合計すると、二三七〇万九一一四円となる。前記認定のとおり、原告らは、信一の子らとして、それぞれ信一の損害賠償請求権の五分の一を相続により取得したものと認められるから、相続による取得分は、各原告がそれぞれ四七四万一八二二円となる。

(四) 葬儀費用(原告ら主張額一六〇万七九九九円)

弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用としては、一二〇万円が相当と認められ、かつ、同費用は、原告らが相続分に応じて負担(各原告が各二四万円)したものと認めるのが相当である。したがって、各原告の取得額は、それぞれ四九八万一八二二円となる。

(五) 過失相殺

前記認定のとおり、過失相殺により、本件事故により生じた損害から二割を減額するのが相当である。

したがって、右減額後の損害額は、各原告がそれぞれ三九八万五四五七円となる。

(六) 損益相殺

本件事故により生じた損害に関し一四六七万〇三五八円の支払があったことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、右額は、各原告の法定相続分に応じて各自の債権額に充当されたものと推認するのが相当である。したがって、原告らの損益相殺後の額は、一〇五万一三八六円となる。

(七) 弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は、各原告につきそれぞれ一〇万円が相当と認める。

2  遅延損害金の起算日

自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償支払債務は、法の規定によって生ずる期限の定めにない債務と解するのが相当であるから、保険会社が被害者からの履行の請求を受けた時に初めて遅滞に陥るものと解するのが相当である(最判昭和六一年一〇月九日・判時一二三六号六五頁)。したがって、本件遅延損害金の起算日は訴状送達の翌日である平成九年九月三日と解すべきことになる(なお、原告らは、仮に前記のような見解を採る場合は被害者請求をした日である同年五月一六日と解すべき旨主張するが、この点に関する立証手続が尽くされていない。)。

3  まとめ

以上の次第で、原告らの本訴請求は、それぞれ一一五万一三八六円及びこれに対する平成九年九月三日から原告ら主張の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

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